手話通訳、気が散る?
「落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない」
「この会場は聞こえる方が大半ですよね。手話の方がおられると気が散りますし、皆さんも散りますよね」
「どうにかなりませんかね」「皆さんが良いとおっしゃるなら構いませんが。どうなんでしょうね」
三笑亭夢之助さん、耳が聞こえないと落語を楽しむ権利はありませんか?
こういう発言を(しかも意図的で失言ではない)されると二度と見たくないですね。
私は最近手話を習おうと思っています。自分自身、視聴覚を失う怖さ・不安をよく知っているので駅で白杖をついている人がいるときはよく手を取ることがあります。最近は時間に余裕がないのでできないことがあるのが心残りですが。
東京のど真ん中に住んでいるともっと心のゆとりと優しさのある社会になるといいなとよく感じる毎日です。
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コメント
おひさしぶりです。
Thinkpad X31でUSB-HDD起動 ではご厄介をおかけいたしました。
クリエイティブな仕事をしているのに想像力が欠如している発言としてしか捉えられないのがとても残念ですね。
まさしく、視力の不自由な方は映画を楽しめないの?とか発声の不自由な方はカラオケを楽しめないの? そんなことはないとおもいます。
もし、夢之助さんが声がでなくなったら、
それでも落語を愛しているなら手話でも落語をやっちゃうでしょうね。
本当に落語を愛していたらですけど。
投稿: rewind | 2009年3月27日 (金) 09時47分
rewindさん
コメントありがとうございます。Thinkpadは元気でしょうか。うちのX31は液晶が逝って(修理費5万円)その後すぐにマザーが逝ってしまいました・・・。大きく壊れるときは見極め時ですね。
白杖をついた人が目につかなくなったのか、気にとめなくなってしまったのか、最近、忙しいせいか東京人になってしまったような気がします。この記事を書いていた頃は急いでいても手を取ったり困っている外人に道案内していたのですが。
おかげで久しぶりにこの記事を見て我が身を振り返ることが出来ました。
投稿: けろろ(管理人) | 2009年3月29日 (日) 00時56分